学長あいさつ

東京外国語大学長
春名 展生
越境で未来をつむぐ
TUFS GREEIN Initiative
2025年7月7日
2030年の「新たな東京外国語大学」をめざして
国内では少子高齢化と人口減少の進行が止まる様相を見せず、逆に海外では、人口増加がつづく一方で環境破壊もすすみ、将来の食料?資源供給に不安が高まっています。現状の延長線上に人類社会の未来はありません。しかも、長期的な難題に向き合おうにも、国際協力を遮る対立や紛争、越境と共生を阻む排外主義、拡大する個人間の経済格差など、喫緊の社会課題が国内外に山積しています。
19世紀なかば、欧米諸国との接触をきっかけとして社会の停滞を認識した日本の人々は、欧米諸国に学び、その科学技術や社会制度を採り入れて危機からの脱出をはかりました。東京外国語大学の前身にあたる東京外国語学校は、その一環として1873年に創立されています。今日の危機に対しては海外にも「答え」はありません。そのような時代にあって、世界とつながる独特の教育と研究を続けてきた東京外国語大学が、どのように日本と世界に貢献していけばよいのか、考え直さなければなりません。
今後、日本の大学を取り巻く環境は急速に変わります。2020年代の終盤以降、18歳人口は一直線に減少していきます。2030年を迎えるまでには、同時代の日本社会に合わせて学部?大学院の規模を再設定したうえで、ここに描かれた将来構想を東京外国語大学の教育?研究に実装しているのが望ましいでしょう。
知を育み、人を育て、未来をつむぐ「越境」
現状の延長線上に将来を描けないのであれば、社会の制度から私たちの生活に至るまで、大胆な改革?革新が必要になるかもしれません。国内外で「イノベーション」が声高に求められているのは、そのためです。その際、しばしば引用されるヨーゼフ?シュンペーターは、「イノベーションとは様々なファクターを新しいやり方で組み合わせることである」と定義しています。これは何も特異な着想ではありません。今日、社会課題が複雑化するなか、多くの大学で「学際融合」や「異分野連携」が提唱されています。
東京外国語大学には、このような「新たな組み合わせ」が形成されるための環境が整っています。本学の教員と学生は、言語?文化?社会の基礎研究を踏まえて世界各地へと越境し、そこの知を持ち帰ってきます。そのため、ここでは、多様な知恵の邂逅と融合が必然的に起きます。このような特異な空間でこそ、複合的な社会課題を前にした思考の行き詰まりを突破するための柔軟な想像力と創造力が育まれるのではないでしょうか。
TUFS GREEIN Initiativeとは、今日の日本と世界が直面している諸課題の解決に貢献するため、人文?社会科学の基礎研究と基礎教育(GRoundwork)を基盤に据えつつ、このような「越境」(Exploration)「融合」(Experimentation)「創造」(INnovation)の循環を教育および研究活動に体系的に実装していく取り組みです。
1.教育と学生支援
[1-1]学部?修士5年一貫教育
先行きの見通しが立たない混迷の時代を担う若者には、幅広い視野と柔軟な思考が求められます。これまでも東京外国語大学では、多くの学生が在学中に海外留学を経験してきました。今後は、海外留学にくわえ、大学間連携や産学連携を活用して分野とセクターを越えた多方面への「越境」を教育に組み込み、視野の拡張をはかるだけでなく、言語能力と国際感覚を活かした実践的な思考と行動力を涵養していきます。
学びを広げるにとどまらず、その学びに深みをともなわせるには、事前に周到に準備を整えるとともに事後に反芻を重ねるため、現行の学士課程よりも長い修学期間の確保が必要になります。また、より長い時間をかけて高度化した教育を修了した学生には、その成果に見合った学位の付与が望ましいでしょう。これら二つの要請にこたえるため、東京外国語大学は、学部に入学した学生が、最短5年間で学士号と修士合を取得する教育プログラムを整備します。
[1-2]キャリア形成支援
これまで日本社会では、人文社会系人材が、学士号のみで企業等に就職する慣行が長く続いてきました。しかも、労働者人口が縮みゆく今日、企業も若い人材を渇望しているため、人文社会系人材の採用プロセスが低学年化の一途をたどっています。
そのため、学生たちが将来への不安なく大学院に進学するには、修士号や博士号を保有した人文社会系人材への評価を社会のなかで高めていく必要があります。東京外国語大学は、学部?修士5年制一貫教育への理解を得るため、学生?保護者と企業社会の双方に対して十分に説明を尽くしていきます。
長期的な視点に立てば、今後、人口という<量>の減少を<質>で補うという発想の下、一人一人への教育的投資が増えていくと見込まれます。その場合、高度な教育を受けた証明として社会的に通用する学位は、学士号から修士号へと移行するでしょう。
2.研究と社会貢献
[2-1]研究の「越境」(大学間連携?産学連携)
これまで東京外国語大学は、全世界を視野に収め、言語?文化?社会に関する知の蓄積を築いてきました。今後も、人文社会科学的な知の必要性と重要性は失われないでしょう。しかし、学術的な基礎研究の社会的な価値を高めるには、学界に踏みとどまるのではなく、基礎研究の成果を活かして産学連携?社会貢献へと踏み出していく必要があります。
連携のかたちとしては、開発済みの技術等を普及させていくような「下流」の補助的な役割にとどまらず、何のために何を開発するかという「上流」の思考?思索にも参画するという共創的な関係を追求していきます。
新たな方面に進出するにあたり、東京外国語大学には、すでに産学連携の豊富な実績をもつ大学との連携があります。東京農工大学および電気通信大学と実施している「西東京三大学連携」、そして、お茶の水女子大学、東京科学大学、一橋大学の三大学と結成した「四大学未来共創連合」です。
[2-2]言語教育の「越境」(大学間連携?産学連携)
東京外国語大学は、学生の「専攻言語」として教授している言語が、日本語を含めて28あり、それらを含めて合計80ほどの言語を教えています。そのなかには、全国で東京外国語大学しか教えていない言語もあります。
この言語教育を学内に閉じ込めず、学外へも提供していけば、それは社会貢献になると考えられます。日本語については、すでに学外への提供に着手しています。留学生の大幅な増加で日本語教師が不足しているなか、東京外国語大学は、本学以外の大学に入学する留学生に対してもオンラインで日本語教育を提供しています。ほかの言語についても、まずはオンデマンド型オンライン教材の開発から、学外提供の可能性を模索していきます。
3.組織改革と経営改革
[3-1]余力の創出
他大学や企業等の他機関と連携して新たな教育プログラムや研究プロジェクトを立ち上げるには、相当の時間と労力が必要です。そのため、そのような意欲的な取り組みに積極的に挑戦する教職員を増やすには、現状の負担を少しでも多く取り除き、余力の創出をはからなければなりません。今後、業務の思いきった効率化とデジタル化を広範囲にすすめ、すべての教員と職員にとって、働きがいがあるだけでなく、働きやすい職場をつくります。
[3-2]自由な対話にあふれた寛容な環境づくり
未来をつむぐ学生と、それを支える教職員の新たな挑戦と試行錯誤を促すには、柔軟な発想を育む環境が欠かせません。教室や研究室のなか、そして職場において、学生と教職員が自由闊達に対話する開放的で寛容な風土の保全と強化に努めます。
今後、教育と研究の両面で、幅広く学外機関の信頼を得て、連携を深めていく必要があります。そのため、学内にとどまらず、他大学や企業等の他機関とも積極的に対話を重ねていきます。
春名展生